三津屋さんの無表情。
それは見間違いだったかと思う程一瞬だった。
すぐさまいつもの柔らかくにこやかな表情に戻り、こう言った。
「そうだったんだね、私、気が付かなくてごめんね。」
さっきの一瞬の無表情が気になったので「嫌な気持ちにさせてしまったらごめん、そんなつもりじゃなかった。」と伝えると
「ううん、教えてくれて良かったよ。ありがとう!」
そう返ってきた。
そう思ってくれるなら良かったと、ほっとした。
私が知らないうちに
その後、数日は雨だった。
今日は晴れたな、と思った日。
夕方少し前のいつもの時間に、外で話し声が聞こえてきた。
堀内さんと三津屋さんだな。
ひらりもお外に出たそうなので、連れて出る。
「こんにちは!今日は晴れてよかったですね。」
「・・・うん。いい天気だね。」
三津屋さんからは返答があったものの、堀内さんは無言だった。
どうしたのかな?と思いつつ話を振ってみる。
「雨だと洗濯ものが乾きにくくて、困りますね。」
「・・・・そうだね。」
堀内さんは私と目を合わせず、そっぽを向いたまま棒読みで応えた。
(・・・・え?あれ??なんか堀内さん様子がおかしい。)
私がそう思っている横で、三津屋さんは少し苦笑いをしていた。
その後も、三津屋さんはいつもの様子だけど、堀内さんは私に冷たいままだった。
(なんで?なんで堀内さんが??私、何かしちゃった?)
理由がわからないまま、その日は終わった。
翌日はまた雨で顔を合わせなかった。
豹変したママ友
堀内さんの様子がおかしかった日の、翌々日。
朝、いつも通りにゴミを捨てにいこうと玄関をでた。
その日はプラスチックごみの日だった。
すると、我が家の玄関アプローチの道路寄り、小さな植栽の横に、知らないゴミ袋があった。
夫はすでに出勤していた。
夫が置いたもの?にしては大きいし。
もし夫がゴミを外に置いていったなら、私に言うはず。
「捨てといて」って。
夫が家を出た時からあった?
朝からそこにあったとしたら、夫は・・・何も言わないだろうな。
スルーして会社に行くだろう。
見た感じ、その見知らぬゴミ袋はプラスチックごみのようだ。
ひとまず見知らぬゴミは置いておいて、自分の持っているごみを捨てに行った。
一体何の話なの?
ゴミをゴミステーションに置いて戻ると、見知らぬゴミ袋はまだそこにあった。
・・・まぁ、そうだよね。
(これ、どうしようかな?)
捨てに行ってもいいけど、本当に捨てていいのかわからない。
ゴミ袋に近づいて様子をみる。
もちろん、どなたのゴミか判別できる要素はない。
困っていると、堀内さんが玄関先にいるのが目に入った。
(そうだ、こういう場合どうしたらいいか、堀内さんに相談してみよう!)
そう思って手を振り「おはようございます、堀内さん!」と声をかけた。
すると堀内さんは、じーっとこちらを見たあと、怒った顔をしてずんずん向かってきた。
「峰岸さん、それって・・・うちのゴミ。捨てようと思って、夜のうちに外に出しておいたんだけど。なんでそこにあるの?」
「え、堀内さんのでしたか。これは朝、家をでたらここにあったんです。」
「・・・言い訳はやめてくれる?私を困らせようとしてるんだよね?」
「????」
「私に、何か言いたいことがあるんでしょう?!」
(ええええ????)
一体何の話なの?
謎の思い込み
「堀内さん、一体どうしました?なんの話だかさっぱり分からないです。」
「・・・そうやってさぁ、すぐいい人ぶるよね。」
「えっと、お伺いしたかったんですけど、私、堀内さんのお怒りを買うようなこと、何かしてしちゃってましたか?」
「・・・・・。」
はぁ、と堀内さんはイラついた溜息を吐いた。
この人に言ったってダメだな、とか、こんな人と話したくない、とかそんな感じで。
私はなんでこんな事になっているのか、本当に理解できない。
「どうせ、ゴミの一つも管理できないダメな人とか、そう言うつもりでしょ。」
どこでそうなったのか、堀内さんが言う。
「え?いえ、そんな事言いません。どうしてですか?」
堀内さんは、私に冷ややかな目線を送っりながら「ほんっと、わざとらしい」とつぶやいた。
わざとらしい?わざとらしいって何がだろう?
んー?私が堀内家からゴミを持って行ったと思ってる?
それとも、どうしてですか?と聞いたことについて?
考えてみてもそれらしい答えが見つからない。
でもこれだけは、はっきりさせなきゃいけないかも。
「堀内さん、このゴミは今朝、何故かここにあったんです。私は何もしてませんし、何も知らないです。」
「・・・・ああ、そう。ふーん。」
堀内さんは、どうでもいいやと言わんばかりの横柄な態度で、ゴミ袋をつかんで立ち去ろうとした。
その背中に意を決して話しかける。
「堀内さん、この前『私たちは親友だ』って言ってくれたじゃないですか。私に何かあるなら言ってください。」
堀内さんは一瞬立ち止まったけど、そのまま振り返らずにいなくなった。
文章ではなく単語で読まれる
その日の昼過ぎ。
堀内さんはパートのお昼休みだったのだろう。
私のもとに、堀内さんからメールが届いた。
峰岸さん、今朝はお騒がせしてしまってごめんなさい。
ゴミがなくなった事に驚いて、ちょっと冷静さを欠いてしまいました。
私、気が動転すると周りが見えなくなるタイプで…。
そういう訳で、今朝の件は気にしないでください。
ではまた。
さすがに堀内さんも気になったのかな。
今朝のことはショックだったけど、堀内さんがメールしてくれた事実が嬉しかった。
メールの文面が、ちょっと素っ気ない気がしないでもないけど、そこは気にしないでおこう。
ひらりが遊んでるうちに、お返事のメールをしたためる。
堀内さん。
お仕事があるなか、お時間を割いてメールしてくださったことが嬉しいです。
捨てようと思っていたゴミがなくなっていたら、驚きますよね。
最近は天気も良くないですし、お仕事も忙しいと伺っています。
お疲れであれば、気が動転して周りが見えなくなることもあるだろうと思いました。
どうぞお気になさらないでください。
メールありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。
最近様子がおかしかったけど、これでまた、今までのような仲に戻れるといいなぁ。
そう思い描きながら、私は返信のメールを送った。
数時間後。
堀内さんから返信があった。
峰岸さん、ひどいです。
私のことを「周りが見えなくなる人」って、そう思ってるんですね。
すごく傷つきました。
本当に悲しいです。
え?
は??
そもそも「気が動転して周りが見えなくなる」と言ってきたのは、堀内さんだよね。
自分が送ったメールを再度読み直す。
要約すれば
①メールありがとうございます
②堀内さんのお気持ちわかります
③お気になさらず
だと思うんだけど・・・。
これって、私が堀内さんを傷つけたってことになるのかな??
特に②の部分に関しては、堀内さんからのメールを受けて、理解を示す形にまとめたと思うんだけど。
文中の単語を拾って、ひどい事を言ったと傷つかれても・・・。
これは文章ですが。
文脈としてみれば、「周りが見えなくなることもありますね」なわけで。
堀内さんを「周りが見えなくなる人」だとは言っていない。
それに、もう一度言う!
「自分で」周りが見えなくなる、って言ったよね!?
菓子折り持って
そうであっても・・・。
やっぱり、このままにしておく訳にもいかないよね。
堀内さんが仕事から戻った時間を見計らって、お家に行ってみる。
メールでやりとりしたら、余計にこじれると思ったから。
ピンポーン!
チャイムを鳴らしても、堀内さんは出てこない。
車があるからご在宅だとは思うんだけどな。
もう一度チャイムを押してしばらく待ってみたけど、やっぱり出てこなかった。
仕方がないのでその日は帰った。
翌日。
堀内さんの好物であるお菓子を持って、再度訪問してみた。
今度は出てきてくれた。
「堀内さん、メールの件ですが・・・。周りが見えなくなる人だと思ったのではなくて、周りが見えなくなる事もありますよねって言いたかったんです。」
「・・・・・そう。」
堀内さんは焦燥した暗い顔で、消え入るように答えた。
「ただ、悲しい思いをさせてしまったのなら、私の書き方も分かりにくかったってことですよね?」
「・・・・・・。」
堀内さんは、うつむいていて表情がよくわからない。
「誤解がもとで私たちの関係を壊したくないです。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
会話にならない。
目も合わせない。
どんな言葉も届いてないと感じた。
「堀内さんの、好きな○○のお菓子です。良かったら食べてください。」
スッと菓子折りを取ると、堀内さんはそのまま扉を閉めた。
そして静かに無視がはじまった
どうしてこんな事になったんだろう。
堀内さんとは、今まで仲良くしてきたのに。
これまでの事を思い返す。
何度考えても、堀内さんがおかしくなる理由が分からない。
堀内さんの様子がおかしいなと思ったのは、いつからだっけ。
そう、桃亜ちゃんの暴力の話をした・・・あの後からだ。
途切れる会話
嫌な予感がした。
ぞわっとした。
でも、なんで堀内さんが?
今日もまた、外で堀内さんと三津屋さんの声がする。
ひらりを連れて、勇気を出して外へでてみた。
「こんにちは~」
「・・・・・こんにちは。」
2人とも、目を合わさず棒読みで返してくる。
やっぱり様子がおかしい。
今度は堀内さんだけでなく、三津屋さんも。
しばらく「し~ん」という間があった後、堀内さんと三津屋さんが2人で話しはじめた。
にこやかに、微笑みあいながら。
私は「あ、そうなんですね~」と、さりげなく会話に混ざり相槌を打ってみる。
すると。
「・・・・・うん、そう・・・。」
さっきまでキャピキャピしていた2人が、水を打ったように静かになる。
死んだ魚のような目を一瞬私に向ける。
そのままスッと表情を消して、体の向きを変え、私を視界に入れないようにした。
私に背をむけるようにして、また2人の会話がはじまる。
楽しそうに、明るい声で。
明らかにおかしい。
会話する気がない、そういう態度だ。
この時はまだ、一瞬の沈黙のあとに返答があった。
まだよかった。
この後だんだんと、返事すら返ってこなくなる。
私の存在は消された。
ママ友達が無視をはじめたのである。