私達は耳を疑った。
役員である樺沢さんが「欠席で残念でしたね。」と言った。
どういうことだろう?
山辺さんと一緒に役員をやってるなら、私達が欠席じゃなくて「呼ばれなかった」ことくらい分かるだろうに。
でもこの感じだと、そんなこと全く知らないようだ。
私と斎藤さんは思わず顔を見合わせてしまった。
お互い同じことに驚いている。
「・・・樺沢さん、知らないんですか?」
「え、何をですか?」
「私達は、プレイランドに呼ばれてもいないんですよ。」
「へっ!?」
その受け答えをみて、確信した。
知らないんだ。
樺沢さんは役員だけど、何も知らないんだ。
今日は子どもを預かり保育にしている。
まだ時間に余裕があるはずだ。
意を決して樺沢さんに問いかける。
「すみません樺沢さん。ちょっと込み入った話になるんですけど、お時間ありますか?」
「ええ、はい、大丈夫です。」
先程まで使っていた談話室のほうへ、3人で足を向けた。
学年主任の先生とすれ違う。
事情を説明すると快く談話室を使わせてくれた。
預かりのママさんが他にもいる。
聞かれた相手によってはまずい場合もある。
談話室を使わせてもらえて、本当に助かった。
巧妙な情報操作
「プレイランドに呼ばれてないって、どういうことですか?」
談話室の椅子に座ると先に樺沢さんが口を開いた。
私は4月の授業参観の話をした。
最後に自分の方から声をかけたけど、「峰岸さんには関係ない。」と言われた。
なんの話をしているのかさえも知らなかった。
それを聞いて樺沢さんは唖然としていた。
「まさか。まさか山辺さんと坂東さんがそんなことをしてたなんて。私と新井さんには『都合が悪くて欠席』って、そう言ってました。」
じゃあ、なんで山辺さんにそんな事をされるのか。
樺沢さんが次に疑問に思ったのはそこだった。
「前年度、私達が役員で飲み会を企画したのを覚えてますか?」
「あ、はい。ありましたね。」
「それがきっかけです。」
「・・・・。」
樺沢さんはあの時のことを思い出しているようだ。
「ということはあの飲み会の件がまだ続いていて、今こうなっているんですか?」
「そうだと思います。」
学年が変わって。
山辺さんがまだ根に持ってると思わなかった。
今回のような「呼ばない」というやり方は良くない。
だけど役員さん達にも少なからず非があったのだから、あの飲み会の件は揉めても仕方なかったんじゃないですか?
明るくてサバサバした山辺さんを怒らせるなんて、やっぱり良くなかったですよ。
樺沢さんはそう言った。
ふむふむ。
樺沢さんにはそう見えるのか。
これはぜひ詳しく聞かせてもらいたい、そう思った。
嘘は数人がかりで真実に
まずはきちんと情報を得て、整理しなくては。
樺沢さんは一体どういう話をされて、どうして信じてしまったのだろう。
樺沢さんがあの飲み会をどう思っていたのか、聞いてみる。
内容はこうだ。
山辺さんが飲み会をやるといってきた。
樺沢さんは11月に声をかけられていたので、出席と返事をしていた。
役員の飲み会と山辺さんの飲み会が共に2月で、先に約束した山辺さんの方に行くことにした。
まあ、この辺までは納得。
んで、飲み会に行った樺沢さんに山辺さんがした話は・・・。
山辺さんの飲み会を知って、役員が飲み会の企画をかぶせてきた。
「同じ2月なので一緒にしたほうが良いのでは?」と役員さん達に声をかけたけど、山辺さんは冷たく断られてしまった。
「私達は役員だから人を集める権利があるけど、あなたにはない、だから飲み会を開いても集まらない」とまで言われた。
そんなことを言われて、山辺さんは悔しかったので全員に声をかけてみた。
そしたらこんなに集まってくれた。
みんな、ありがとう!!(感動・うるうる・ハグ)
ええええ?
なにその話。
私達そんなことしてないし、やってないよ。
そしてその山辺さんの話を元にして。
「本当、山辺さんは色々考えてくれてるのにさ、役員だからってひどいよね。お高くとまってるっていうか、権力をかさに着てるっていうか、感じわるっ。」
「もうさ、そんな自分のことばっかり考えてる嫌な人達のことは忘れてさ、今日は楽しく飲もうよ!」
と、近くにいた数人のママさんが同調していたそうだ。
なるほど。
そういう雰囲気で、数人に押し切られたら。
山辺さんの話を疑う気持ちにならないかも。
「なるほど。樺沢さんはそういう風に聞いてたんですね。だけどそれ・・・。山辺さんの話は事実とは違います。」
「え?どういうことですか?」
樺沢さんは怪訝そうな顔をした。
どうやら私達があの時の言い訳をしようとしてる、そう思ったようだった。
証拠が重要なポイント
私と斎藤さんは順を追って、飲み会がどうしてかぶってしまったのか、私たちはどう動いたかを説明していった。
役員は10月から動いていたこと。
私も11月に山辺さんの飲み会に誘われたこと。
その際、役員でも飲み会を企画していたと伝えたこと。
などなど。
(詳しくはこちらをご確認ください)
そして最後に山辺さんサイドから、「内輪の飲み会だから役員さんは役員さんで進めて」と言われたこと。
にもかかわらず、山辺さんは坂東さんと協力して全員に電話をかけ、飲み会に誘った。
飲み会では私達役員を悪役にして責任をなすりつけた。
そこまで聞いて樺沢さんは。
鳩が豆鉄砲を食ったような、きょっとーーーーんとした顔をしていた。
山辺さんから聞いた話とあまりに内容が違うので、処理が追い付かないようだった。
そしてやっぱり。
樺沢さんは信じられないんだと思う。
今まで気さくに仲良くしてくれていた山辺さんに、そんな一面があったこと。
樺沢さんは唇に手を当てて。
その手が小刻みに震えていた。
私達は。
真実を知ってもらいたいという気持ちと、知らせることでショックを与えてしまった罪悪感、という両方の気持ちで揺れていた。
メールが真実を明かす
少し情報が整理できたのか、樺沢さんは口を開く。
「じゃあ、山辺さんは。山辺さんはそんな簡単に嘘をつく人だったんですか?」
「・・・・。」
「山辺さんは、私達のこともだましているってことになりますよ?」
「・・・・。」
そんな。
どう答えればいいの?
私達もつらい。
でも山辺さんを信じてた樺沢さんも辛いよね。
そこで樺沢さんは気が付いたように言った。
「だけど。こんなこと言ってごめんなさい。山辺さんが嘘を言っている可能性もあれば、役員さん達が嘘を言ってる可能性もありますよね?」
樺沢さんの瞳には、まだ山辺さんを信じていたい気持ちが滲んでいた。
そうまで言われたら仕方がない。
特に見せようと思ってなかったけど。
このままではいられないのだ。
子ども達まで巻き込まれている。
そう。
自分たちが疑われたままではいられない。
私はカバンから携帯を取り出した。
樺沢さんに、携帯に入っている「メール」のやり取りを見てもらうことにした。
こういう時。
やっぱり証拠って大事なんだな、って思う。
メールには日付や時間、相手が何を言ってきて自分がどう言ったかも記録されている。
この事実を前にしたら、言った言わないの誤魔化しはきかないのだ。
涙と共に流れるもの
私は携帯の画面を樺沢さんに見せてゆく。
11月、山辺さんの飲み会に誘われたところから順番に。
私も斎藤さんも、あの頃を思い出す。
冷たいママ達の視線、仲間から外されたこと、口もきいてもらえない事。
プレイランドにも誘われなかった。
子ども達まで巻きこまれて、悲しい思いをさせてしまった。
携帯の画面を見せながら、私達は。
ぽろり、ぽろりと涙をこぼしてしまった。
途中からは樺沢さんも泣いていた。
手にハンカチを握りしめて。
山辺さんがどういう人なのか。
何をしたのか。
みんなを巻き込んで。
子ども達も巻き込んで。
最後まで読んだ樺沢さんは。
嗚咽をこらえながら、とぎれとぎれの声で。
何も知らなくてごめんなさいと言ってくれた。
その言葉に、私と斎藤さんもまた涙が出てしまった。
3人で泣いた。
大人3人で泣いた。
だけどそんな状況がおかしくて、最後は泣きながら笑ってしまった。
私達役員に冷たかったママ達。
だけどママ達も被害者だった。
山辺さんと坂東さん、それとその側近たち。
ボスママの巧みな情報操作によって、クラスのママ達も欺かれていたのだ。
これまで耐えるだけで硬くなっていた心が、少し柔らかくなった気がした。
涙が。
私達のなかにあったわだかまりを、少しずつ流していった。
解決にむけて動き出す
最後に樺沢さんは、階段で私達に声をかけた理由を教えてくれた。
クラスのみんなでプレイランドに行った日。
私と斎藤さんが欠席なのは、山辺さんと顔を合わせずらいからじゃないか、そんな噂が出てたからだと。
気が済むまでそっとしておけば?というママが多かったけど、樺沢さんは気になっていた。
機会ががあったら私達に。
飲み会の件は済んだことだから、気にしないで参加してねと伝えたかった。
ずっとそう思っていたそうだ。
それがこんな話を聞くきっかけになるなんてね。
樺沢さんは笑って言った。
樺沢さんに本当のことを知ってもらえて良かったと思う反面、これからどうするのか気になった。
「樺沢さん。私たちの飲み会に来てくれた増山さんと祝さん、あのあと立場が悪くなっちゃったんです。樺沢さんも・・・気を付けた方が・・・。」
するとさっぱりした顔で樺沢さんは言った。
「大丈夫、心配しないで。私、このままにするつもりはないの。たとえ山辺さんと揉めることになっても良いと思ってる。」
「ふぇ!」
「だってそうでしょう?クラス全体が巻き込まれて騙されておかしくなってるんだよ。大人になってまでこんなことやってるなんておかしいよ。わかってくれる人もいっぱいいるはずだよ。」
樺沢さんの言葉はまぶしいほど力強かった。
これからどうなっていくのか。
今の私には予想もつかない。
だけど、明るい方へ向かっている。
そんな予感がしていた。
真実はいつか明らかになる。
どんなに辛くても、必ず出口はあるのだと感じていた。