朝の通学。
ひらりと風華ちゃんの2人で通学することに慣れてきた、ある日のこと。
待ち合わせ場所の四季公園まで子どもを送っていた私と増山さんのところに、あるママさんがやってきた。
それは同じ住宅街に住む同級生女子ママの「澤さん」だった。
澤さんはちょうど、ゴミ捨ての帰りだったそうだ。
「おはようございます。風華ちゃんとひらりちゃん、いつも2人で通学してるんですかぁ?」
「あ、はい。そうです。幼稚園からのお付き合いで、一緒に行かせてもらってます。」
「・・・そうなんですねぇ。」
そこでしばらく間が空いて。
「あの、私前から思ってたんですけどぉ。今ご近所の1年生女子6人で朝一緒に行ってるんですよぉ。せっかくだから風華ちゃんとひらりちゃんも一緒に行きませんかぁ?」
「え?一緒に??」
「うんうん。だってせっかくのご近所ですしぃ。みんな一緒だったら楽しいじゃないですかぁ。」
「・・・。」
う~ん、これってどうなんだろう?
三美香ちゃんと行きたいって離れていった美鈴ちゃんと、また一緒になるってことだよね?
それって大丈夫なのかなぁ?
「そうは言っても、その6人の子たちは風華ちゃんとひらりが一緒で良いって言ってるんですか?」
「うんうん、みんな一緒のほうがいいねって、そんなようなこと言ってたよぉ。」
え、そうなの??
「誘って頂けて嬉しいとは思うんですけど、私達だけでは決められないですね。子どもが帰ってきたら聞いてみないと。」
「そうしてぇ。やっぱりさぁ、地域の絆を深める意味も込めて皆一緒がいいかなって思うのぉ。無理にとは言わないけどぉ、ぜひ考えてみてねぇ。」
「あ、はい。声をかけてくださってありがとうございます。」
「8人で一緒に行くことになったら、すごいよねぇ。楽しいと思うんだぁ。」
「そ、そうですね。」
「じゃあ、お返事待ってますねぇ。またぁ~!」
やっぱり美鈴ちゃんの事を考えると、一緒に行ってもいいか微妙なところだ。
誘ってもらって素直に嬉しいし、親たちがどんなでも、子ども達は子ども達で絆を深めていって欲しい。
そう思う。
そう思うんだけど。
そんなにうまくいくかなとも思うし、この機会にうまくいってほしいとも思う。
だけど結局、通学していくのは子ども達だから。
どうしたいかの決定権は子どもにある。
増山さんも風華ちゃんが帰ってきたら聞いてみるねと言っていた。
そうだよね。
うちもひらりが帰宅したら聞いてみよう。
「一緒に楽しく」に潜む罠
帰宅したひらりに聞いてみた。
「みんな一緒に朝の通学しませんかって誘われたんだけど、どうする?」
ひらりは少し考えていた。
「一緒にくことになったら美鈴ちゃんが一緒?」
「うん、そうなるね。」
やっぱりひらりも美鈴ちゃんの存在が気になったようだ。
美鈴ちゃんと一緒に行きたくないという意味ではない。
また急に「一緒に行かない」と言われて、同じことが起こるんじゃないかと、それを心配しているのだ。
それにひらりは、風華ちゃんと2人で行くことになんの不満もなかったので、このままで良いとも言っていた。
ただ、ひらりが一番難色を示したのは通学路についてだった。
8人一緒になると集合場所も変わる。
通学路もいつもとは違うところを通ってから大通りにでる。
それが心配だと言っていた。
確かに。
通いなれたこれまでの通学路を離れて、慣れない道で行くのは不安かもしれない。
その時はひらりが慣れるまで、また数日付き添った方がよさそうだね、となった。
夜になって増山さんから電話がきた。
風華ちゃんは試しにみんなで行ってみたいそうだ。
10日くらいお試しで一緒に行って、それから結論をだす。
ということで話がまとまった。
親友のはずなのに?
8人で一緒に通学してみようとなったので、ひらりを連れて集合場所に行く。
そこは時任家の前だった。
四季公園に比べたら時任家のほうが細貝家に近い。
そういうのもあって三美香ちゃんが良いと言われたのかも、と思った。
風華ちゃんもひらりも、いつもと違う通学路を通る。
なので、数日間は親が付き添うことになった。
急なことだったので増山さんは仕事の遅番がとれず、私が付き添うことになった。
8人が時任家の前に集まって、学校に向けて出発する。
黄色い帽子に黄色いランドセルカバー。
一年生の集団がわいわいと歩き始めた。
私は子ども達のお邪魔にならないよう、その集団から10メートルくらい離れてついていった。
ところが。
ほんの5分も歩かないうちに、おかしなことに気が付く。
「8人で一緒に」と言っていたはずなのに、すでに4人は固まって動いていて他の4人と一切関わろうとしない。
ここは道が狭くて歩道がない。
道路の脇に白線があるだけだ。
そうすると自然と2人ずつになってしまう。
桃亜ちゃんと麻未ちゃん、澤智花ちゃんと五之治優香ちゃんがそれぞれ手をつないでいる。
それが2列になって4人でぴっちり固まって動いていた。
ひらり達には目もくれない。
同じクラスで常日頃仲良くしている麻未ちゃんも、桃亜ちゃんから話しかけられていて、ひらりのところには来なかった。
それ以外の4人というのは、美鈴ちゃん・三美香ちゃん・風華ちゃん・ひらり、の4人で。
決まった相手がいるわけではないから、4人4様にごちゃごちゃしながら歩いていた。
これじゃあ今まで一緒に通ってた幼稚園3人に三美香ちゃんが入っただけ、のようなものだ。
8人で楽しくって言ってたのに、変だなって思う。
でも。
それでも子ども達が楽しく通えるのなら、これでいいのかな?
他にも気になったことがあった。
それは、三美香ちゃんと美鈴ちゃんの関係だ。
みみか・みれいと呼び合って、親友なの~!と細貝さんは言ってたけど。
三美香ちゃんと美鈴ちゃんは特に親しそうにみえない。
それどころか、三美香ちゃんは風華ちゃんに興味があるようで、必死に話しかけていた。
三美香ちゃんも風華ちゃんも学童保育で一緒だから、それでこういう感じなのかな、とも思った。
それにしてもだ。
あんなに親友って言ってたのに、おかしいんだよね。
三美香ちゃんと美鈴ちゃん、ろくに会話もしてないし全く親友にみえないよ??
思いもよらない無視
何事もなく、8人で(実質4人だったけど)それなりに楽しく通えたのは最初の2日間だけだった。
3日目も大通りに出るまで付き添って、そこで見送った。
ところが、帰宅したひらりの連絡帳をみて驚いた。
担任の先生から、このような事が書かれていた。
ひらりちゃんが泣きながら学校にきました。
事情を聞いても話してくれません。
お母さまからも聞いてみて頂けないでしょうか?
朝泣いていた以外は、いつも通り元気に過ごしました。
どうそ宜しくお願いします。
ええ??
泣きながら学校にいった?
・・・どういうこと?
ひらりに何があったか聞いてみる。
すると。
ひらりは今朝、風華ちゃんに無視されていたそうだ。
私が付き添っている間は普通だった。
私がいなくなった途端、風華ちゃんの無視がはじまったらしい。
あまりに悲しくなって泣いてしまい、そのまま学校に行ったけど。
先生に本当のことを言ったら風華ちゃんが怒られちゃうと思って、言わなかったんだそうな。
なんで。
なんで風華ちゃんが?
風華ちゃんと喧嘩でもした?仲が悪くなった?何かあった?
ひらりに思い当たる節はないかと聞いても、全く無いと言う。
どうして風華ちゃんが無視なんか。
ひらりの気のせいじゃないかと思って事細かに聞いてみたけど。
やっぱりそれは無視だった。
だけどまだお互いに小学1年生。
虫の居所が悪かったとか、そんなことやってみたかったとか、一過性のものかもしれない。
あんまり深刻に受け止めずに、風華ちゃんには今まで通り接してみよう。
そうひらりと話し合った。
「連絡帳で先生にお返事するなら、風華ちゃんの名前を出さないで」とひらりがいうので、そこは「お友達」として伏せることにした。
「お友達に無視されていたようですが、一過性のものかもしれないのでしばらく様子をみたいと思います。」と、連絡帳には書いてお返事した。
一年生による華麗な仲間外れ
ところが、4日目も5日目も。
ひらりは無視されたそうだ。
それは風華ちゃんだけでなく、三美香ちゃんも一緒にやるようになった。
もちろん私が付き添っている間はやらない。
見送って姿が見えなくなると始まる。
美鈴ちゃんはこれまでの事が気まずいのか、無視とはいかないまでもひらりとはあまり話さない。
そして美鈴ちゃんは、無視をしている風華ちゃんと三美香ちゃんの所に混ざりに行って、結局ひらり1人が取り残されるのだそう。
8人で一緒に楽しく通学??
行ってみたらすでに4人は固まってて全く交流なしだし、挙句ひらりは1人になっている。
これってどういう事なの?
1人で通学していた
10日間のお試しで女子8人で通学することになって、6日目。
ひらりが言っていた様子が、私の目にみえる範囲にも表れはじめた。
4人は相変わらずがっちり手をつないで固まっている。
そして風華ちゃんと三美香ちゃんが手をつないで、2人の世界を作るようになっていた。
ひらりといるのが気まずい美鈴ちゃんは、その2人に金魚のフンのようにくっついて混ぜてもらいたそうにしていた。
そしてひらりは1人。
これはもう。
一緒に行くなんて名ばかりだな。
これだけで済めばまだ良かった。
更に6日目からは置き去りが始まった。
私の姿が見えなくなったら、今度は。
風華ちゃん、三美香ちゃん、美鈴ちゃんが、急に走り出していなくなるのだそう。
置き去りになったひらりは慌てて追いかける。
見えるところまで追いかけると、ひらりを見てゲラゲラと笑い、また走っていなくなる。
赤信号でひらりが追いつけないようにしたり、3人で小路に隠れてニヤニヤ様子をみていたり。
困るひらりを見て楽しんでいるのだ。
7日目も無視と置き去りがあって。
それで。
もしかして、私が付き添ってるのがいけないのかもと思った。
親がきてるなんて子供っぽい、そんな感じで嫌悪されちゃってるのかな。
その可能性もあると思って、最後の3日は付き添わなかった。
でも結局何も変わらなかった。
8日目も9日目も。
無視も続いたし、置き去りも続いた。
ひらりももう、置き去りにされても追いかけなかった。
私がいなかったぶん。
ひらりが1人で通学する。
その時間が伸びただけだった。
10日目は風華ちゃんが熱をだして欠席だった。
そうしたら今度は、三美香ちゃんと美鈴ちゃんが2人になって。
ひらりが1人になるのは何ら変わらなかった。
高度な組織的行動
お試しの10日間が終わって。
ひらりはもう一緒に行きたくないと言った。
それはそうだろう。
集合場所で8人になるだけ。
あとは8人で一緒どころか、ひらりは1人になっている。
このまま一緒に通う意味はない。
むしろこれ以上一緒にいたら、更にエスカレートしそうで怖いくらいだ。
かといってひらりを1人で通わせるわけにはいかない。
まだ1年生だし。
これまで通り風華ちゃんと2人で通えたらいいんだけど。
それは難しいだろうな。
だって三美香ちゃんとべったりだし、一緒になって無視してるしね。
念のため増山さんに電話してみたけど。
答えは予想通り、風華ちゃんはみんなと一緒に行きたいそうだ。
このままでは1年生のひらりが、朝一人になってしまう。
そこで我が家のお隣の「安藤さん」に相談してみた。
学年が2つ上の小学生の女の子がいるので、もし差し支えなければひらりを一緒に連れて行ってもらえないだろうか。
安藤さんちの「史(ふみ)ちゃん」は、同級生のお友達が一緒だけどそれでも良ければとOKしてくれた。
「8人で一緒に楽しく」と言って誘ってきたのに、結局ひらりはそこに入れなかった。
4人はがっちり固まっていて初めから入れる気がなかったし、他の子からは無視され、置き去りにされた。
一緒に通学していた風華ちゃんは。
三美香ちゃんに引きずられるようにして、ひらりから離れていった。
こんなに組織的な仲間外れを、1年生がやるものなのかな?
自分の口から「一緒に行きたくない」と言わせる、高度な仲間外れ。
1年生でできるものなのかな。
登校時間は子どもだらけ。
私が見ている前ではやらない。
遊んでいただけと誤魔化しがきくやりかた。
ひらりがされていることを、証明できない。
表向きは。
「一緒に通学しようと誘ったのに、ひらりちゃんが離れていった。」
そう捉えられるだろう。
でも実際は。
一緒に行きたくないんじゃなくて、一緒に行けないなんだけど。
隠されていた意図
お隣の安藤さんが一緒に通学してくれることになって、心から一安心だった。
安藤家の史ちゃんは、ほわっとして穏やかそうな女の子。
以前から、ひらりに折り紙を折ってプレゼントしてくれたり、ビーズの指輪を作ってくれたりしていた。
あとは「8人で行こう」と誘ってきた澤さんにお断りを入れねば。
ただその断り文句に悩む。
仲間外れにされてるんで、なんて言えないし。
だって言ったら揉めるだろうし、証明できない以上立場が悪くなるのは私達だと目に見えている。
結局、「通学路が細くて怖いらしいので、やっぱりうちは大きな通学路で通いますね。お誘い頂いたのにすみません、ありがとうございました。」と言って断った。
にしてもだ。
澤さんは一体どういうつもりで「8人で一緒に行こう」なんて誘ってきたんだろう。
純粋に8人で楽しく通えると思って誘ったのだろうか?
それにしては初日から4人はがっちり固まってたし、8人で一緒に行く気なんて全く感じられなかった。
むしろあの4人は、「入ってこないで」「こっちへこないで」そんな感じだった。
澤さんはそういう現状を知らなかったのだろうか?
それともこうなることを狙って誘ったのかな?
だとしたら相当悪質なママさんってことになる。
澤さんはいつものらりくらりしてて、本心が全く読めない人だ。
そこまで深くかかわったこともないから、彼女が何を考えてるかなんてわかるはずもないけど。
狙いは引き離すこと
ご近所の1年生女子から、結果的にひらりは1人外れてしまった。
そのことを気にかけてくれる人は誰もいなかった。
これまで円満にお付き合いしてきた、ご近所幼稚園仲間もいなくなった。
史ちゃんと一緒に通学し始めて落ち着いたころ。
ゆっくり考える時間ができて、そこでやっと私は気が付いた。
これが巧妙に仕組まれた罠だったことに。
仲が良かった幼稚園仲間3人。
まず細貝家の美鈴ちゃんが離れて行って。
細貝家のママさんもおかしくなって。
そして今度は増山家の風華ちゃんも離れていった。
増山家のママさんは、細貝さんのような人ではない。
彼女はどんな人とでも同じ距離感で付き合いたい人だ。
悪口を吹き込まれても動かない人だ。
だからだろう。
だから子どもである風華ちゃんの方が狙われたのだ。
今ならわかる。
「一緒に行きましょう」という甘い誘い文句。
澤さんの独断でそんな事を言う訳がない。
仲間内で相談したからこそ誘ってきたのだ。
そしてそこに、三津屋さんが絡んでいないわけがない。
そしてあの三津屋さんがなんの狙いもなく、そんな誘いをするわけがない。
その陰に隠された真の狙い。
私はそれに気が付かなかった。
これは幼稚園仲間を私とひらりから引き離すための罠だったのだ。
もっと言えば、風華ちゃんとひらりの仲を引き裂く罠だったのだ。
だからこそ。
私が警戒しないように、あえて関係の薄い澤さんに誘わせたのだろう。
完全に騙されてしまった。
実にうまいやり方だった。
ご近所が全てではない
だけど。
それならそれでいいかな、とも思う。
三津屋さんの息がかかった人たちと、腹の探り合いをしながら緊迫した関係を続けるより。
こうやって理由をつけて、さっぱり離れることができて良かったのかもしれない。
ひらりが安心して通学できる相手がみつかって、かえって良かったのかもしれない。
それにこのご近所同級生の人間関係だけが全てではない。
こうやって学年の違う隣のお姉さんが助けてくれるし、学校に行けばお友達がいてくれる。
当の本人であるひらりだって、別々に通うことになってすっきりした顔をしているくらいだ。
私もひらりを見習って前向きに過ごそう!
離れていったものをいつまでも惜しむより、未来に目を向けて新しい道を歩こう。
私達はそう思っていた。