ママ友いじめから知った人生で大切なこと
私の体験が少しの希望になることを願って
幸せになる

100.いじめを通して学んだこと。皆に幸せになってもらいたい

 

私のいじめられ歴史はなかなかのものだと思う。

物心ついたばかりの保育園で。

引っ越し先の住宅地で。

55.仲間外れや嫌がらせは日常茶飯事。隣家の年上女子がボス 私が祖母の家に預けられてから。 「母子家庭」の子だからと意地悪をしてきたのは、隣家の女子だった。 その子は私...

更に引っ越しした先の小学校で。

58.人間不信になりそう。学校では底意地の悪いいじめが横行 そういうわけで。 小学4年生の前半は教室で孤立していて、周囲から要らない子扱いをされていた。 https://mam...

大人になってママ友いじめにあって。

11.異常事態!ママ友をやめてご近所さんに戻ると決意する 夫は自室に行ったまま出てこない。 結局その日はそのまま終わった・・・。 考えるって、一体何を考えるんだろう? そんなに...

更に幼稚園でも外されて。

31.悪者にされていた…誰も来ない飲み会で事の真相を知る 役員主催の飲み会がやってきた。 こっちのほうこそ、本当に「内輪の飲み会」って感じだ。 参加者は4人。 ...

仲の良かったママ友が豹変して。

46.夏祭りで接触の後。信頼を重ねた友人関係が壊れて消えた 運動会が終わって、ひらり達もかなり小学校に慣れてきた。 私も朝の送りを集合場所の「四季公園」までにして、3人で登校して行く...

娘も一緒になって巻きこまれて。

34.ママ友いじめをする大人は平気で子どもを巻き込むと知った 私達、年中で役員をやった2家族は。 年長さん最初の親睦会に呼ばれなかった。 母達だけの親睦会で、そこに呼ばれ...
73.何が狙いかを理解した。地域と学校から孤立させるのが目的 ひらりが小学校に入学して。 1年生の頃は訳も分からないままご近所からはずされ、気付かぬうちに人が離れていった。 2年...

8年間もずっとママ友いじめに向き合ってきた。

 

なんでこんな目にって思ってきたけど。

仕返ししようとか、恨むとかはしなかった。

というよりできなかった。

それをやってしまったら、自分が自分じゃなくなる気がして。

 

結局、私がいじめにあってしまうのは。

世間や周囲に染まらなかったから、かな、と思う。

 

というよりも、染まれなかったよね。

だって私は。

皆と自分が同じだって思える要素が少なかったから。

54.社会的弱者を更に追い詰めるのが世間だと知った幼少期 ここで少し、私が幼い頃うけた「いじめ」について触れてみようと思う。 私はいじめをやった人の末路を知っている。 私はど...

 

だけど。

染まらず、周囲から少し外れたところに生息していた私だからこそ。

見えたことがあったし、望むことがあった。

 

誰もが幸せなら、いじめなんか起きないのに。

誰もが幸せなら、平気で人を傷つけないのに。

誰もが幸せなら、自分だけ良ければいいなんて思わないのに。

 

8年間のいじめの末に。

いやきっと。

人生で体験してきた全てのいじめの総決算として。

私は「誰もが幸せに生きられる方法」を知ることができたんだと思う。

 

この世界を満たしているのは愛

何度もいじめを体験して思ったのは。

この経験に意味があるってことだった。

65.いじめの終わりと脱出。この経験が自分の成長の糧になる 物心ついた時すでに父親はおらず。 貧困のなかで母子家庭生活を送っていた私。 https://mamaijime-8n...

 

そしてやっぱり。

この8年間に及ぶママ友いじめにも意味があった。

 

まずもって、メンタルが超絶鍛えられた(笑)

 

それから。

人の意見や周りと合わせることも必要だけど。

それ以上に「自分は自分」という軸を持って生きることを学んだ。

というより、自分は自分という考えで生きざるを得なかった。

 

また、自分の心を明るいエネルギーで満たすこと。

自分の心の声をちゃんと聞いて、心地よく過ごすこと。

その重要性も知った。

 

まだある(笑)

いじめにあって辛く苦しくても。

全ては自分の糧になると信じて、理解して。

人を悪く言ったり、憎んだり、悪意を向けてはいけないってことも、改めて感じた。

 

だって、私と三津屋さんの決定的な違いはそこでしょう?

何を思って生きてきたか。

そこが本当に人生を分けるんだなって、心からわかったし。

その事実をこの目で見届けたんだから。

 

細かく言えばまだあるけど、その辺は読者様にお任せして割愛します(笑)

 

んで。

なんでそんな辛くて苦しい学びがやってくるの?と言えば。

 

何かの罰でもない、罪を償っているわけでもない、嫌がらせでやってくるわけでもない、運が悪いわけでもない。

突き詰めて。

今の自分を振り返れば。

 

それはただ「幸せになるため」。

 

よりよく生きるために心を磨いて。

より幸せに生きるため気付いて学んで。

 

だから全部。

辛いも苦しいも、楽しいも嬉しいも、悲しいも悔しいも、感動もひらめきも。

全ての出来事は愛で。

全ての人に幸せになってもらいたいという愛なんだと思う。

共に生き学びあう機会

この世界に生まれて。

人間として生活して。

 

人間の嫌なところ、汚いところ、残酷なところを見てきたし。

人間の素敵なところ、美しいところ、暖かいところも見てきた。

 

その全部が今の私を作ってくれて、今の私を支えてくれている。

だから全部に感謝の気持ちが湧いてくる。

 

どれかが欠けても、今ここにたどり着けなかった。

どれかが欠けても、今の私にならなかった。

 

たくさんの出会いがあって、たくさんの出来事があった。

色々な事をみて、色々な事を感じて、色々な事を考えてきた。

 

私を囲む環境も、私を囲む人間関係も。

どれも私に必要なものだったと今ならわかるし。

 

私達は出会って、共に生きて。

一緒に学びあう仲間だったんだと、今なら思える。

 

三津屋さんも、三津屋さんに乗っかってたママさん達も。

ひらりをいじめていた子達も。

 

みんな仲間で、みんなで一緒に学ぶために関わることになって。

きっとそういう事だったんだと思う。

 

どんな出会いにも、どんな出来事にも感謝できる。

今は辛くて苦しくても。

どんな出会いにも、どんな出来事にも感謝できる日が来る。

 

だって、全ては自分の幸せのためにやってくるから。

だって、この世界に起こることは全て愛で満たされているから。

 

体験し感じることの喜び

例えば。

いじめを見たこともなくて、聞いたこともなくて、経験したこともなくて。

もし自分がそうだったら、きっとこの世界でおきている「いじめ」について、何一つ理解できないだろうと思う。

 

いじめを体験しているからこそ。

同じ苦しみにいる人の気持ちが推察できるし。

同じ悲しみにいる人の思いに共鳴することができる。

 

知識として知っているのと、体験して知っているのとでは、全然感覚が違う。

体験があるのとないのでは理解の深さが全然違う。

 

辛い出来事を経験するのは、できれば避けて通りたいくらいだけど。

でもそれをくぐり抜けたからこそ。

わかること、言えること、感じることがあると思う。

 

逆に、楽しい経験がやってきたなら。

楽しい出来事を体験するのは大歓迎だし。

その楽しいを通してたくさんの人と共感し繋がれる。

 

体験するというのは、どれも貴重なもので。

感じることはその都度様々で。

その体験を通して、私達は色とりどりの感情を味わっている。

 

体験する機会があった。

体験する機会に恵まれた。

それはとてもかけがえのないもので。

 

経験しているからこそできること。

経験しているからこそわかること。

それが少しづつ自分自身の血となり肉となっていって。

そうやって人生は紡がれていくんだと思う。

どんな感情も大切な宝物

人は体験を通して、なにかを得る。

人は経験を通して、なにかを感じる。

 

それはその時にしか得られないもので、その時にしか感じられないものだ。

 

今しか味わえない。

今だからこそ味わえる。

 

こうやって、いじめの全てが終わって思うのは。

 

怖くて、辛くて、殺伐としてて。

毎日落ちつかない気分で暮らしてて。

嫌な思いも、悔しい思いも、悲しい思いもたくさんしてきた。

 

それでも、それも全部。

それでよかったんだな、って思える。

それが全部自分の勲章のように思える。

 

あれだけ悩んで苦しんで、それでも前を向いてきた自分が愛しいとすら思える。

 

体験を通して。

自分自身が磨かれたような。

経験することで。

自分の心が耕されたような。

そんな気がする。

 

人生には様々な出来事がやってくる。

人生は体験の連続だ。

 

そう思えば。

人は体験をして、それを楽しむために。

人は体験をして、それを味わうために。

こうやって生きているのかなって、そんな気もする。

 

どんな感情も私だけのもの。

どんな感情も今だけのもの。

 

だから全てを抱きしめて。

だから全てを受け止めて。

 

全てが自分を輝かせてくれる。

全てが自分の宝物になってゆくから。

 

皆に幸せになってもらいたい

私が「ママ友いじめから知った人生で大切なこと」を書こうと思ったのは。

8年間のいじめを通して学んだ「人生は思い通り」を多くの人に伝えたかったから。

 

正直言って。

この事実を知るために、だれしもが8年かけるのは現実的ではない。

この事実を知るために、だれしもが8年いじめにあうのは現実的ではない。

 

だから思った。

 

私が体験したことを時系列で書いて。

それを読んだ人が追体験しながら、自分に置き換えて臨場感をもって読むことで。

8年かからずに済むし、いじめを経験せずに済むし。

でもって、私が得た学びを伝えることができる!

 

読むだけで、読んでもらうだけで、多くの人に伝えられたらいいなって。

 

私が学んだことが、どう受け止められるかはわからないけど。

きっと必要な人の元へは自然と届くものだと思う。

私自身がそうだったから。

 

だからこのサイトを立ち上げた。

よいものはシェアしたい。

素敵なものは分かち合いたい。

 

共にこの地球に生まれて、共にこの世界で生きているもの同士。

分け合い与え合って。

思いあい助け合って。

そうして生きていけたらいいなぁと思っている。

自分の人生を歩めば未来は変わる

日々の細々とした話題や、ニュース、世間の有様をみていて。

大々的ないじめに走ってしまった、この地域をみていて。

 

物質的に恵まれていて。

不自由のない生活を送っていて。

家族もいて、友人もいて。

 

とても満たされて、安定していて、幸せそうにみえるのに。

 

それなのにどうしてだか。

自分の人生に満足していない人、自分の人生を歩いていない人が多いんだなと思った。

 

誰かの意志、世間の意見、周りの空気。

自分自身の心に耳を傾けるよりも。

自分以外の何かを信じてしまっている。

 

それでは自分を満たすことは難しいし、自分を幸せにすることも難しくなってしまう。

 

「人生は思い通り」だから。

私達は自分の心の声にしたがって生きるべきだ。

 

何をしたい?

どんなふうに生きてみたい?

どんな自分になりたい?

 

好きに思い描いていいし、好きに心を解き放っていい。

 

自分の心の声を聞きながら。

心地よい方へ。

嬉しい方へ。

暖かい方へ。

感謝を感じる方へ。

 

そうして。

小さなできごと、ちょっとしたことに幸せを感じる心を育てていこう。

小さなできごと、ちょっとしたことに感謝を感じる心を育てていこう。

 

そうすれば、それが自然にあなたを幸せな人生へ導いてくれる。

そうすれば、それが自然にあなたを満ち足りた人生へ導いてくれる。

 

人生は思い通り。

心にあるものが現実となって人生にやってくる。

 

あなたが明るく、ポジティブで、楽しい人生を望むなら。

明るく、ポジティブで、楽しい心でいることにしよう。

 

そうやって、自分の望む人生を歩いていこう。

 

これを読んでくださったみんなに、幸せになってもらいたい。

これをまだ読んでいないみなさんにも、幸せになってもらいたい。

どうか、必要としている人の元へ。

「人生は思い通り」が届きますように。