そろそろ預かり保育も終わる時間。
私と斎藤さんと樺沢さんは、3人で談話室をでた。
「大丈夫、心配しないで。このままにはしないから。」
そう言える樺沢さんが、山辺さんと一緒に役員をすることになった理由が分かった気がした。
樺沢さんは「空気」や「言わなくても分かるよね」の匂わせが通用しない人なんだと思う。
自分の考えがしっかりあって、素直で、正直で、正義感も強い。
だから。
だから山辺さんは樺沢さんを誘って役員になり、自分の近くに置いたのだろう。
樺沢さんに本当のことを知られないように。
自分のそばに置いて監視し、余計な情報を入れないように。
樺沢さんが本当のことを知ったら、どう動くか分かるから。
だから樺沢さんには絶対に知られたくなかったんだと思う。
そう考えると。
もう1人の役員、新井さんもそういう都合で役員に誘われたのかもしれない。
新井さんと山辺さんは知り合いではあったけど、そこまで仲が良さそうではなかった。
それにしても、だ。
いじめをやる人って、相手の事をよくわかってるなぁと思う。
洞察力というか、見抜く力というか。
それぞれの人柄を本能的に理解してる。
だからこそいじめを成功させられるんだろうし、いじめ協力者も的確に増やせるんだろう。
たださ、そんな素敵な能力があったら別の事に使えばいいのにね。
いじめじゃない所にその力を使ったら、ひと財産築けるかもしれないのに。
そんな事を考えていたら、預かり保育の部屋の前に着いた。
預かりのリミットぎりぎりだった。
私達はそれぞれわが子を連れて。
「今日はありがとう、またね!」と手を振り、晴れ晴れとした顔をして幼稚園を後にした。
悪事が明るみに出る
樺沢さんと話をした後にやってきたのは、7月の授業参観。
その授業参観は今までと少し様子が違っていた。
以前交流のあったママさん達から、挨拶をしてもらえた。
そして自然にお喋りもしてくれた。
まぁ、なんということでしょう。
もしかして。
いや、もしかしてじゃないよね。
誤解が解けた。
というか、山辺さんが何をしたかが皆の知る所となったのだろう。
さすがに大人同士なので。
「ごめんね」とか、謝罪が欲しいとは思わないけど。
こういう態度で示してくれれば感じる。
ごめんねって思ってくれてるのが分かるよ。
樺沢さんがママさん達に伝えてくれたんだろうな、と思って樺沢さんを探す。
すると。
樺沢さん&新井さん、山辺さん&坂東さん、その4人が2対2に分かれてただならぬ空気を発していた。
見ただけでわかる。
これは・・・何かあったよね。
ママ達の反撃
あ。なんか。やばそうな空気になってる。
樺沢さんに声をかけられそうにない。
というか。
樺沢さん達、大丈夫かな・・・。
そう思って心配していたら。
祝さんに小声で話しかけられた。
「峰岸さん、心配しなくていいから。」
「えっ、でも。なんかまずい事になってそうな・・・。」
祝さんは私のカーディガンの裾を引っ張って、場所を移動するよう促してきた。
祝さんについて、そっと教室を離れる。
廊下にでた。
廊下なら人がたくさん行き来してるし、他学年もいるしで、私達が話をしてても誰も気にとめない。
祝さんはたまに預かり保育を利用しているそうで、その関係で樺沢さんと話をする機会があったそうだ。
祝さんは両方の飲み会に参加していたので、樺沢さんは祝さんの考えも聞きたかったらしい。
山辺さんの行動や考えがおかしいこと、周りにうそをついてること、脅しや圧力をかけて思い通りにしたこと。
祝さんが両方の飲み会にでて、プレイランドにも行って、何度か授業参観の様子もみて思ったこと。
祝さんが感じていたのは。
どう考えても今の状態はまともじゃない、ということだった。
それを樺沢さんに伝えたところ、「やっぱりそうだよね」となり。
仲の良いママさん達には、早くこの話を伝えようとなり。
真実を知ったママさん達は今、山辺さんに対して不信感を抱いているそうだ。
昔から山辺さんと仲の良い一部のママを除いて、みんなもうこんなことやめたいって言ってるから。
だから何も心配しなくていいよ、と祝さんは教えてくれた。
いじめをする人から力を奪うのはこういう事だと思った。
手を貸す人、協力する人、共に群れてる人。
人が離れればいじめの力は激減する。
いつの間にか騙され巻き込まれたママ達は今、山辺さんに付かないという方法でいじめの力を削ぎ、反撃に出ていた。
人のせいにして言い逃れ
8月のメインイベント「夏祭り」がやってきた。
役員さん達がギスギスした状態だったから、なんだか心配になる。
会場につくと。
山辺さんが以前飲み会で「役員は手抜きをしている」って言ってたらしいから、どんな感じに仕上がってるかと思ったら。
電飾を使ったり、紅白の垂れ幕を使ったりして、お祭りムードを盛り上げる気合の入った出店ができていた。
幼稚園歴も長いし経験も豊富。
前回の親睦会はランチ会や飲み会に囚われない、プレイランドという斬新なアイデアだった。
山辺さんは企画力もあるし実行力もある。
いじめをやらなければ、頼りがいのある姉御肌な人なんだろうなって思う。
樺沢さんと山辺さんの関係はどうなったのだろうかと思って見ていると。
今日はお祭りでそれどころじゃないのか、今まで通りにみえた。
ところがそうでもなかったらしい。
お祭りの途中で合流した斎藤さんの話によると。
樺沢さんが山辺さんに事実確認をしたらしいのだ。
それで。
役員なんだし、皆のためにも山辺さんのためにも、こういうことはやめるべきだと言ったそうだ。
すると山辺さんは。
役員(峰岸・斎藤)が飲み会をかぶせてきた(+これまでの主張)うんぬん。
ひとの事を考えてないのはあいつらだ。
プレイランドも欠席するって言ってきた、ちゃんと声をかけた。
嘘をついているのは峰岸と斎藤だ、私を信じられないの?
とまで言ったそう。
そこで樺沢さんはこう問いかけた。
「山辺さんは役員さんに、『内輪の飲み会だから役員さんの方は役員さんで』って言ったよね。」
「私はそんなこと言ってない。そんなの峰岸・斎藤の作り話だよ。あいつらが嘘ついてるんだって。」
そこで樺沢さんの堪忍袋の緒が切れたらしい。
ぶっちーーーん!
「峰岸さんが受け取ったメールにはそう書いてあったよ。山辺さんが『内輪の飲み会』だからって。私がこの目でみたんだけど!」
「・・・・・。」
「内輪の飲み会のはずなのに、なんで全員に電話したの?山辺さん自分が何したかわかってる?」
「・・・・・・。るっせぇなー。私の飲み会にかぶせてきた役員が悪いって言ってんだろ。迷惑したのはこっちなわけ。んな昔の事ぶちぶち言わないでもらえる?お前しつこいんだよ。」
山辺さんは逆切れして暴言を吐き、立ち去って。
そこで話は決裂したそうだ。
うわぁ。
そんな状態でお祭りを迎えたわけか。
今年の役員は大変だぁ・・・。
にしてもだ。
やったことを認めない、というか。
認められない、みたいだね・・・。
これから一体どうなっちゃうんだろう。
ボスママの悪足掻き
9月の授業参観。
本当ならすでに卒園式後の「謝恩会」を取り仕切る担当が決まっていて。
担当者たちのお披露目と挨拶がある時期だ。
だけど話によればまだ担当は決まってないし、話し合いすら行われていないらしい。
その理由はひとつ。
役員たちが揉めているからだ。
樺沢さんと新井さんが「謝恩会」の話をしようとしても、山辺さん坂東さんがそれを拒否しているらしい。
自分たちの協力が無ければ進まないんだぞ、と言いたいようだ。
同様の理由で、今年2度目の親睦会も難航していて。
おそらく親睦会どころではないだろうという話だった。
それに今日はなんだか。
山辺さん&坂東さんと目が合う。
なんで私のことをみてるのかな?
いつもは無視してるのに・・・ね?
難癖をつけて突き飛ばす
授業参観が終わって。
丁度階段のところで増山さんにあった。
世間話をしながら玄関についたところで、私は忘れものに気が付いた。
内履きを入れていた袋を教室に置いてきてしまったらしい。
増山さんにサヨナラを言い、教室に戻ろうと階段に向かうと。
山辺さん&坂東さんに出くわしてしまった。
(あら、出会っちゃったわ。)と思っていたら、すごい形相で2人がずんずんと迫ってきた。
私を囲むように2人が進路を塞ぐ。
「ちょっとあんた、私たちの事いろいろ言ってくれてるみたいじゃない。」
「へ・・・・?!」
「あんたのせいで、すごく迷惑してるんだけど。いい加減にしてくんない?」
「ご迷惑をおかけした記憶はないんですが・・・。」
「おい・・・・っ!!お前、生意気ぬかしてんじゃねぇよ!」
ドスのきいた低い声を発しながら、山辺さんが顔を近づけた。
次の瞬間。
山辺さんの手が。
山辺さんの手が私に向かって飛んできた。
胸ぐらを掴まれる!とか、ビンタされる!と思ったら。
ばん!
肩を思いっきり突き飛ばされた。
弾みで背後の壁に背中を打ち付ける。
ついでに後頭部も壁にぶつけてしまった。
・・・い、痛い。
何、何なのこのバイオレンス!
あやまれ!と迫るママ
今は授業参観が終わって保護者の皆様が帰るところ。
学年問わず、いろいろなママさん達がみている。
ざわざわ・・・・。
私達の様子に気付いて、周囲が遠巻きにこちらをみていた。
「お前さぁ、あたしたちの飲み会横取りしようとしたよな?そうだろ?」
「してません。」
「はぁ?あたしたちに対抗しようとしてたんだろ?」
「してません。」
な、なんだこの不毛な会話。
飲み会を横取り?
対抗意識?
なんじゃそりゃ。
それにその喋り方よ・・・。
や○ざ、ちん○ら、や○きー?
柄が悪すぎるではないですか。
「てめぇのせえで、あたしら迷惑してんだよ。あやまれ!」
「・・・。」
「おい、あやまれっつてんだよ!」
近くにいたママ達の、全注目が集まっている。
ぽかんとしながら、怪訝そうな顔をしながら、何あれ?という顔をしながら。
皆がこちらを見ていた。
私が一方的にやられているのは一目瞭然だった。
山辺さんもさすがに恥ずかしくなって辞めるかな、と思ったら反対だった。
更に責め立ててきた。
私達を怒らせるとこわいんだぞ、と周囲のママさんに知らしめたいようだ。
謝れといいながらにじり寄ってくる2人。
いい加減解放して欲しいと思った時。
給食のカートを押しながら先生が数名やってきた。
それに気づいた山辺さんと坂東さんは、さっと私から離れた。
「逃がさねぇからな。」と小声で捨て台詞を残し、肩で風を切りながら2人は玄関を出て行った。
正義と打算と空気
な、なに今の。
びっくりしたし、怖かった。
今になって手が震えてきた。
私、何しようと思ってたんだっけ。
そうそう、内履きの袋を教室に取りに行くんだった。
それを思い出して階段の上を見上げると。
樺沢さん、新井さん、祝さんが2階から走って降りてくるところだった。
どうやら。
山辺さんに絡まれてるのを見た人が、教室に伝えに行ってくれたらしい。
気がゆるんだら。
じわっと涙がでてきた。
やっぱり怖かった。
すごく怖かったよ・・・。
この日の山辺さん&坂東さんの行いは。
不特定多数のママさんがみていただけあって、あっという間に幼稚園中に広まった。
あまりにセンセーショナルな出来事だったため、山辺さん&坂東さんがなぜあんな行動にでたか、その事情も追加情報として伝わって。
これまでの事、全てがみんなに暴露されることとなった。
恐れる人離れる人
「私達を怒らせるとこわいんだぞ」をやりたかった山辺さんと坂東さんの評判は地に落ちた。
怒らせると怖い、というよりはむしろ。
「恐ろしい人だから関わりたくない」と周知されたようだ。
これまで色々な人をいじめて困らせてきた、山辺さん。
彼女がこれまでやってきたことが、あちこちで旬な話題となって花を咲かせていた。
そして、山辺さん&坂東さんから距離を置く人たち。
今まではあんなに人を侍らしてワイワイやっていたのに、見る影もないほど人が減っていた。
そんな状況でも、やっぱり山辺さんから離れない人達がいた。
昔から仲が良かったママさん。
こちらは純粋に馬が合うというか、気が合うのだろう。
一緒にいて居心地がいいから離れない、そんな感じだった。
一方で距離を置きたくても置けないママさん。
それは他の学年でも山辺さんと一緒の人達だった。
自分が山辺さんの不興を買ったら、子どもが巻き込まれるかもしれない。
実際まだ幼稚園のひらりでさえ平気で巻き込む人だ。
それを懸念して、山辺さんから離れられないようだった。
長いママ友付き合い
全てが明らかになって。
年長ママさんの反応はいろいろだった。
これまでの行いを改めようとする人、山辺さんと距離を置く人、山辺さんの顔色をみている人、知らぬ存ぜぬを通す人。
山辺さんと樺沢さん、どっちに付くのが得なのか考えてる人や、必死に空気を読み合わせることに専念している人もいた。
正義の心で、こんなことはやめましょう、山辺さんも含めて皆仲良く!ってなればいいんだけど、そう簡単じゃない。
これから先、小学校でも山辺さん&坂東さんと一緒になるママ達はとても慎重だった。
この地域は、小学校が違えば中学でも一緒になることはない。
要するに幼稚園だけの間柄だ。
だけど小学校が一緒だと、中学も一緒になるのが確定だ。
ながーいママ友付き合いが待っている・・・。
小学校が一緒にならないママ達は、実にさっぱり山辺さんと離れた。
何が正しいか、正義か、よりも。
わが子のために損得を考えなければならない。
空気を読んで読んで読み切らねばならない。
そんなママ友付き合いの苦悩が、同じ学区になるママ達の顔に浮かんでいた。
いじめをやる、ちょっとバイオレンスで、柄が悪いママ友と。
その人の本性を知った今でも。
ここまで信用を失った今でも。
離れるべきなのか寄り添うべきなのか、迷っているようだった。