「昨日の夕方、細貝さんから電話があってね。うちは法事があって学校を早退したんだけど・・・。」
今朝は珍しく増山さんと話し込んでいた。
四季公園まで風華ちゃんを送りにきた増山さん。
今日はお仕事が遅番だというので、そのまま昨日の細貝さんとの電話について、少し聞いてもらうことにした。
早退する時は友人に連絡をするのが普通なのかどうか、それを知りたくて。
増山さんの見解では。
一緒に帰る約束をしていないなら、連絡は必要ないとのことだった。
やっぱりそうだよね、そうだと思うんだけどな。
細貝さんとは、できればこれからも仲良くお付き合いしていきたいと考えている増山さん。
もちろん私も昨日まではそう思っていた。
だけど今は・・・。
細貝さんと揉めたのは私であって、増山さんではない。
だから電話の内容を全て言うことはしなかった。
ただざっくり、「かなりひどい事を言われた」と伝えた。
増山さんも何かを察したのか、それ以上聞きたがらなかった。
だから言わなくて正解だったのだろう。
ただひとつ。
昨日の電話でわかったことがあった。
それは。
細貝さんが嘘をついていた、ということ。
対応を見られている
昨日の電話の途中で、「あなたは自分の子どものことしか考えていない」と細貝さんに言われた。
なので漠然と疑問に感じたことを投げかけてみた。
「日曜の深夜にメールでいきなり『明日から一緒にいきません』っていうのは、ひらりのことも風華ちゃんのことも考えてなかったんじゃないですか?朝起きてショックを受けてましたよ。子どもの気持ちを考えるなら、子ども同士で話をする時間があってもよかったんじゃないですか?」
すると細貝さんはペロリとこんなことを言った。
「それは違う。美鈴はひらりちゃんと風華ちゃんのことを考えたよ。だって、本当は木曜日から三美香ちゃんと一緒に行くはずだったんだから。でもひらりちゃんがお休みしてていないから、風華ちゃんが朝ひとりになっちゃうでしょう?それで木金は三美香ちゃんと一緒に行くのを我慢したんだよ。美鈴はあなたたちのために、2日も我慢したんだから!」
へ~。
ほ~。
木曜から一緒に行くって決まってた??
確かにひらりは水曜に学校を早退して、木金とお休みしていた。
急に熱が出てしまったのだ。
だけどさ、話がおかしいよね。
細貝さんは、日曜の深夜に「三美香ちゃんと朝一緒にいくことになった」と聞いて、それであの時間にメールしたって言ってたじゃない?
でも本当は。
木曜日から三美香ちゃんと一緒に行くって決まってたんだ?
私は細貝さんと話しながら、面倒くさくなりそうであえてそこを指摘しなかったけど。
細貝さんって、こんなふうに平気で嘘をつくんだなと思った。
増山さんには、「本当は木曜から一緒に行くって決まってたんだって。日曜の深夜に知ったっていうのは嘘だったよ。」と、そこだけは伝えた。
すると増山さんは、目を見開いて言葉を失って驚いていた。
まさか細貝さんがそんな人だと思っていなかったのだろう。
増山さんを驚かせてしまった。
増山さんにショックを与えてしまった。
やっぱり言うべきじゃなかったかな・・・。
どっちに転んでも沼
その後、増山さんはその事実を細貝さんに直接確認したようだ。
細貝さんは「木曜日から決まってた」という部分に関して、私との電話の話で他に証人がいないから。
「それは峰岸さんが聞き間違えて、勘違いしてるだけ!」と言ってうやむやにした。
確かに「日曜の深夜に知りました」で押し通せば、それで済む話だ。
真相は本人にしかわからない。
ただ、あんなに偉そうに「美鈴はあなたたちのために2日間我慢した!」って言ってたのに、聞き間違いなんてあるのかね?
増山さんは細貝さんに確認した後、私に連絡してきた。
「勘違いだったみたいだよ?細貝さんはそんなことする人じゃないよ。これからも仲良くしていこう?」
「・・・うん。そ、そうだね。」
私は。
細貝さんの事を悪く思いたくない増山さんに、それ以上何も言わなかった。
詳細を知らせたら、増山さんは更にそれが事実かどうか確認しようとするだろう。
そしてまた細貝さんは都合のいいように、話を捻じ曲げる。
だって私が聞いた内容を証明する術はないからね。
このまま増山さんに知らせなければ。
細貝さんは良い人、細貝さんと仲良く、細貝さんを悪く思っちゃダメ。
そういう方向で話が進むだろう。
細貝さんと距離を置きたいと思っている私は、増山さんから見たら大人げない人になってしまう。
大人としてどう対応するのか、それを見られていると感じた。
増山さんだけではなく、細貝さんの背後にいるであろう三津屋さんにも、時任さんにも、その同学年女子ご近所メンバーにも。
どっちに転んでも、私にしてみたら沼。
誰も本当のことを分かってくれないという沼に、どっぷりハマるしかなかった。
何を言っても受け入れない
そんな矢先、また細貝さんから電話がかかってきた。
あぁもう、一体何の用事なの?
時間は夕飯時で、ひらりも夫も私も食事中だった。
正直、細貝さんとはもう関わり合いになりたくなかった。
この人が今どういう状態か分かっていたから。
細貝さんの背後から、三津屋さんの存在がぷんぷん匂っている。
言葉の端々から、私に向けられる悪意から、豹変した態度から、それを感じ取っていた。
三津屋さんと知り合って、たった1ヶ月で細貝さんは別人のように豹変してしまった。
堀内さんが豹変した時を彷彿とさせる状況だ。
私とは3年間穏やかにお付き合いしてきたけど、細貝さんはそんなこと一切忘れてしまったようだ。
今の細貝さんと関わったところで、物事が好転するとは思えない。
むしろ私が不都合になるような事を探していて、ネタにしょうという意図すら感じる。
だから。
だからこの電話で対応を誤ってはいけない。
冷静に、かつ揚げ足をとられないようにふるまわなければ。
私は意を決して電話をとった。
傷つけようと模索
「峰岸さん。今日美鈴がすっごく暗い顔して帰ってきて・・・。」
細貝さんの話はそこから始まった。
「美鈴がすごい暗い顔して帰ってきて、『何かあった?』と聞いたら。『ひらりちゃんに触らないでって言われた。』って言うの。ねえ、どういうこと?」
細貝さんはそう私に聞いてきた。
どういうことか聞きたいのはこっちだ。
実は今日、私とひらりは美鈴ちゃんを家まで送っていた。
「美鈴に復讐しようとしたんでしょ。」そう細貝さんに言われても、それでも美鈴ちゃんに罪はない、子どもを巻き込むべきではない、そう思って送って行った。
美鈴ちゃんとひらりは手をつないで仲良く歩いていたし、いつものように何度も振り返って満面の笑みでバイバイしていた。
それなのに?
それなのに暗い顔をして帰ってきた??
あんなにニコニコしてたのに、そんな急に気分が変わっちゃうの?
ひらりが「触らないで」って言った?
いや私はそんなの聞いてないけど??
まじで、私の方が「どういうこと?」って聞きたい。
私は今日、細貝家まで美鈴ちゃんを送った話をする。
すると細貝さんはこう言った。
「あぁ、それはそうだろうね。だって美鈴、大人がいると気を遣うんだって。だから無理してニコニコして当り障りがないようにしてたんだよ。あと、触らないでって言われたのは一緒に通学してた時の話ね。フラッシュバックってあるでしょ、あれだと思う。」
私に気を遣って無理してニコニコ??
そんなだったら、いくら私でも気が付くけどな?
それにこれまで朝も付き添ってたし、帰りも何度も送ってるし、うちにも遊びにきてるし。
昔も今日も美鈴ちゃんが私に気を遣ってる素振りなんて、なかったけど?
昔も今日も同じニコニコの笑顔で、美鈴ちゃん名残惜しそうにバイバイしてたけど?
「それは変だね?いつも通り楽しそうに帰ってきてたし、名残惜しそうにバイバイしてたよ。あの様子で気を遣ってるなんてあるのかな?それに「触らないで」って言葉を思い出したって言うけど、今日も仲良く手をつないでたよ?細貝さん、そういうのちゃんと自分の目で見た方がいいんじゃない?」
そうなのだ。
細貝さんは色々言う割に、子ども達を実際にみていない。
朝だって四季公園までだったし、帰りだって私がいるときは美鈴ちゃんを家まで送っていた。
細貝さんの発言は、美鈴ちゃんから聞いた話でしかない。
だけど。
「実際に見た方が良い」と言われたこと、それが細貝さんの気に障ったのだろう。
その後の細貝さんは荒々しくなった。
「美鈴がどんなに傷ついてるか、あなたには分からないんでしょうね!」
とか
「峰岸さんは美鈴が嘘をついていると思ってるんでしょう?!」
とか
しまいには。
「あなたのような人が育ててるから、ひらりちゃんのような子どもになるのよ!」とまで言われた。
そこでピンときた。
そういうことかぁ。
この電話の目的は、私を傷つけること。
前回の「復讐しようとしたんでしょ。」の時のように、泣かせたかったのね。
はじめはこちらに非があると言って上から目線でやり込めようとしたけど、それが叶わなかったから力業かぁ。
いつまでこれに付き合わなきゃいけないんだろう。
次から次へと繰り出される暴言に、私の心は全く動かなかった。
電話の陰であくびしながら聞き流せちゃうレベル。
私にとって細貝さんは、もうすでに大切な友人ではなくなっていた。
だから何も感じない。
ただ違うところは否定しておかないと後々こまるので。
「違いますよ」「そんなことありませんよ」「私はそう思ってませんよ」を優しく丁寧に何度も繰り返していた。
私を傷つけようと、必死に模索していた細貝さん。
暖簾に腕押し状態なことに気が付いたのだろう。
次の一手を繰り出した。
泣いたり怒ったり情緒不安定
「私が美鈴をアザのある子に産んだから、美鈴に苦労をさせて申し訳ないと思ってるんです。だからひらりちゃんに「触らないで」って言われたと聞いたら、悲しくて悲しくて・・・。」
と言って、今度は泣き出した。
確かに、美鈴ちゃんにはちょっと大きめのアザが2つある。
アザをからかわれた事もあるそうだ。
ひらりも風華ちゃんも幼稚園からのお付き合いだし、これまで美鈴ちゃんのアザを嫌がっていたことはない。
美鈴ちゃんにアザがあったって、それがもはや普通になっている。
それにアザが原因で「触らないで」と言ったなら、手をつないで帰ってきたりするだろうか?
むしろひらりは全く気にしていないと思う。
「アザが原因で『触らないで』って言ったわけではないと思いますよ。もしそうなら手をつないで帰ってきたりしないですよね?普通に子どものけんかだったんじゃないですか?」
すると今度は。
「なんですって!?峰岸さんは「触らないで」っていう言葉を容認するんですか?それは言っちゃいけない言葉ですよね?ひらりちゃんにそう教えてないんですか?」
と、怒りだした。
「細貝さん、私達はその現場を見てないじゃないですか。どういう状況で「触らないで」がでたのかもはっきりしないですし、ひらりがそう言ったと美鈴ちゃんの話だけで決めるのは、いかがなものでしょう?」
ひらりに今すぐ確認したいけど、今度はお風呂に行ってしまった。
それに何日も前の出来事を覚えているかどうかも、定かではない。
「美鈴は、美鈴はアザのことで苦しんでいて傷ついているんです。それなのに、峰岸さんは美鈴の悲しみを分かろうとはぜず、自分の娘ばかりをかばうんですね!」
う~ん、もう、これってなんの電話?
ああ言えばこう言うで、私の言葉なんて全く受け入れる気がないじゃない。
どうやったらいい感じにまとまるかな?
どうやったら穏便に電話を切れるかな?
そうだ、包み込む作戦でいこう!
「細貝さんがアザのことで美鈴ちゃんを心配してるのがよく分かりました。辛かったんですね。だけど、美鈴ちゃんはお友達もたくさんいるし、元気に育っているじゃないですか。細貝さんがそこまで心配しなくても、美鈴ちゃんは強く育っていくと思いますよ。だって美鈴ちゃんは細貝さんの子じゃないですか。細貝さんのような素敵なママの娘なら、きっと大丈夫です。」
そこまで言ったら、やっと満足してくれたようで。
なんとか電話を切ることができた。
はぁぁぁ。
言ってもいいかな?
振り回されて、すっごく疲れたよぉぉぉぉーーーーーー!!!
仲間に入るためにやったこと
なが~い電話を切ってから。
お風呂上がりのひらりに「触らないで」と言ったかどうか、聞いてみる。
すると。
「私はそんなこと言ってないよ。だけど、美鈴ちゃんが『触らないでって言われたってママに言うから!』って怒ったことはあったよ。」
「え?ひらりは言ってないのに?」
「そう、言ってないのに『言った』って美鈴ちゃん言うの。それでママにいいつけて怒ってもらうからって。」
・・・なにそれ。
もしそれが本当なら困るな。
美鈴ちゃんは、何を言えばママが怒るかよく知ってる。
その調子で癇癪をおこして、ありもしない事をママに言うとしたら、今日のような事態がまた起きるかもしれない。
ひらりが言ってることが本当かを確かめる術はない。
ひらりが言ってることが正しいとは限らない。
子ども同士のことだから、私は美鈴ちゃんとひらりの関係に首を突っ込みたくない。
だけど・・・。
美鈴ちゃんがもしママを巻き込もうとしているなら、それは問題だと思った。
美鈴ちゃんの言う事を鵜呑みにするママさんだもの。
思いもよらない事態に発展する恐れがある。
どうしたら良いだろう。
どうしたら円満にいくだろう。
何度考えても。
細貝家と距離を置く、それくらいしか思いつかなかった。
痛めつけたことが実績
あの電話の翌週、学校で授業参観があった。
児童玄関まで行くとママさんの集団があった。
三津屋さん時任さんの、ご近所同級生女子ママ集団だ。
今まで5人だったのが、今日は6人になっている。
そう。
そのグループのなかには細貝さんが入っていた。
満面の笑みで、頬を紅潮させて、嬉しそうにして、一緒にいた。
距離があったので気付かれないと思ったら、細貝さんと目があってしまった。
仕方がないので。
微笑んで右手を軽く上げ、振ってみる。
すると細貝さんは目を細めてシラっとした顔をし、私に気が付かないふりをした。
空しく宙に置き去りにされた私の右手、誰が受け取ってくれるでもない微笑。
そして。
それを見ていた三津屋さんと時任さんが、サッと口元を押さえて横を向き、吹き出しそうになるのを堪えていた。
その瞬間に悟った。
そうか、細貝さんの今までのあれは実績作りだったのか。
私を痛めつけたら三津屋さんが喜ぶから。
そういう実績を作って、そういう実績を持って、新しいグループに入りたかったんだね?
仲間として快く迎え入れてもらおうと思ったんだね?
三津屋さんと時任さんと細貝さんは、頭を寄せ合ってコソコソ話をしはじめた。
「してやったり」という顔をしている細貝さん。
峰岸を傷つけた勇者としてヨイショされている細貝さん。
私が3年間お付き合いしてきた細貝さんは。
霧散したかのように、もうどこにもいなくなっていた・・・。
喜び勇んで離れていった
細貝さんが三津屋さんのグループに入ったことで、あの変な電話がくることはなくなった。
私は細貝さんと距離を置きたいと思ってたから、ちょうど良かったかもしれない。
細貝さんは自ら三津屋さんを選んだのだ。
だけどさ。
本当に大丈夫?
人を傷つけて、それが「グッジョブ」と評価されるような人間関係に入って、本当に安心できるの?
そんな人間関係のなかで、本当に幸せになれるの?
そうは言っても。
これは細貝さんが望んだことだし、細貝さんが選んだこと。
細貝さんが満足しているならそれでいい。
喜び勇んで離れていった細貝さんを、私は生暖かい目で見守るしかなかった。
ただ。
三津屋さんと今まで以上に密接に関わるようになって、細貝さんがどうなっていくか。
それだけが気がかりだった。
これ以上おかしな事にならなければいいけど。
すでにこれだけ大変だったんだもの、もうこれ以上はないよね?
・・・ない、よね??