仲の良い友人すらいないまま、ひらりは4年生を迎えた。
「一緒にトイレ行こうとか言われても面倒だし。」
「一人でちゃんと行動する練習だと思ってるから。」
ひらりは気丈にそう言って。
置かれた状況を前向きに捉えようとしていた。
学校に仲の良い友人がいなかったら、心細いだろう。
安心して話せる相手がいなかったら、つらいだろう。
休み時間を1人で過ごしているなら、寂しいだろう。
母親だからやっぱり。
ひらりの心が傷ついて苦しんでるんじゃないかって、そう考えてしまう。
だけど。
大切なのはそこじゃなかった。
ひらりの気持ちを抱きしめて、ひらりの背中を支えてあげるのが私の役目。
ひらりはこの学校生活から、何か学ばなければならないものがあるのだろう。
ならば。
ならば早く学びきってしまえばいい。
この体験に。
この経験に。
何の意味があったのか。
その答えがいずれ分かる日が来る。
ひらりにも。
わたしにも。
初対面なのに避けられる
ひらりが言うには。
新学期が始まって初日から、すでに様子はおかしかったらしい。
ひらりの方から話しかけると、目を逸らされたり、聞こえないふりをされたり、会話がまるで続かなかったり。
4年生になって。
新しいクラス、新しいメンバー、で新しいスタートいう様子ではなく。
ひらりについてある程度の情報があって、だからこその態度。
そんな雰囲気だった。
確かに。
学童保育にはクラス替えなどないし。
そこで共有された情報やそこで構築された人間関係は、そのまま学校生活に反映されるのかもしれない。
だけど本当に困ったなと思うのは。
私についてもひらりについても。
誰一人として事実を確認しようとしないことだ。
何か言われているとしても。
変な噂が流れているとしても。
本人にそれとなく質問したり、聞いてみたりはできるはず。
ひらりは初対面の子に避けられて。
私は初対面のママさんに避けられて。
誰も。
誰も本当のことを知る気がないんだと、痛感する事しかできなかった。
話しかけると迷惑そう
4年生が始まってしばらくの間、ひらりが特に言っていたのは。
「話しかけると迷惑みたい。」
これだった。
ひらりが話しかけると。
返答が「そう。」「ふぅん。」「へぇ。」で終わる。
これって分かりやすく、話をする気がない時の返事だよね。
だから相手の興味がありそうな話題を振ってみる。
すると、多少はのってくるものの。
すぐに周りを見回して。
誰を気にしているのかわからないけど、話をするのをやめようとする。
どうやら。
ひらり仲良くすると都合が悪いようだ。
どういう都合だかは知らない。
これまでは、仲が良い子ができると連れて行かれていたけど。
そこからさらに一歩進んで。
誰もひらりと仲良くするなと、そういう指令でも出てるんじゃないかと思っちゃうほど。
ひらりと仲良くしようとする子が、普通にお付き合いしようと思ってくれる子が、新しいクラスにはいなかった。
手を上げると溜息が聞こえる
他にもこんな事があった。
授業を受けていれば。
手を挙げて発言する機会がたくさんある。
だけど、ひらりが手をあげると。
どこからともなく溜息が聞こえるというのだ。
それは発言している最中にも聞こえたりして。
手を挙げて発言することがよく思われていない、と感じるには十分だった。
おそらくは。
「あいつ、また手を挙げて『できます』アピールしてるよ。」
「すぐ手を挙げたりして、自己主張強いよね。」
などなど。
真面目に授業を受けているというよりは、自分の素敵さをアピールしようとするウザイやつというみかたをされているようだ。
この「手を挙げる」と言う行為に。
評価されたい欲があるとか、自己アピールが激しい子、といったような事実とは違う意地の悪い味付けがされているようだった。
そしてそれを周りはなにも疑わずに鵜呑みにしていて。
そういうイメージ操作をしている輩の真意に気付かないまま。
クラスの女子半分がすでに冷たさに染まっていた。
仲良くする気がない
桃亜ちゃん、三美香ちゃん、優香ちゃんの、ご近所同学年女子たちはどうかと言うと。
ひらりとは目も合わせないし、話もしないし、近づいてもこないそうだ。
すでに冷たい態度をとっている女子達は学童の子たちだし。
そこの関係者で、おそらく主導権を握っているのが「桃亜ちゃん」なら、ご近所女子だってそういう態度なのも当然かな。
桃亜ちゃんは0歳の頃からのお付き合いで、色々あったとはいえ隣に住んでいるもの同士。
三美香ちゃんは入学前に一緒に「どんぐり」を拾いに行ったことがあるし、その時は普通だった。
優香ちゃん至っては初対面同然で。
歩いて下校していた頃、ちょっと会話をした程度。
普通ならそんなに全力で関係を断たれる間柄ではないはずだ。
彼女達の態度は明らかにやり過ぎだと思う。
・・・そういえば、と思い出す。
あのどんぐり拾いの時。
時任さんが焦った様子で公園まで来たっけ。
そこでもしかしてと気がつく。
あの時。
すでに入学前のあの時から、悪口を言われてたんじゃないかなって。
私を、私達親子を。
仲良くしないほうがいい危険人物に仕立てるために。
ずいぶん前から三津屋さんはそうやって、根回しをして活動してたんじゃないかなって。
そう考えると、あの時の時任さんの慌てようにも納得ができた。
子供に何かされたんじゃないかしらって感じの慌てようにも、納得ができた。
そして今現在の、色々な人間関係を阻害されている現状にも、同じように納得がいく気がした。
あえて話しかけてくる時
そんな中、珍しい事があった。
ひらりが先生に掲示物を貼る仕事を頼まれて。
そしたら、そこへ桃亜ちゃんが手伝いに来たと言うのだ。
だけど話を聞いてみるとなんだか変で。
先生からの指示で「こうやって貼るんだって」と言っても、桃亜ちゃんはそれとは違う事をやっていて。
ひらりが違うよと教えたり直したりしても、また同じように違う事をやって。
手伝いにきてくれたのか、邪魔しにきたのかわからない状態で。
ひらりも素直にお礼を言いたかったんだけど、「何しに来たんだろう?」という思いが強くなってしまって。
最後は変な空気になってしまったらしい。
なんでいきなり桃亜ちゃんがひらりの手伝いにきたんだろうね、って親子で不思議に思っていたら。
なんてことはない。
後日このエピソードが。
「桃亜ちゃんがわざわざひらりちゃんを手伝ったのに、あれこれ文句を言ってすごく感じが悪かったんだって。やっぱりひらりちゃんてそういう子だよね。」
という話になって拡散されていた。
結局のところ。
桃亜ちゃんや、その他ご近所メンバーがあえて近づいてくる時は。
ネタ作りの時なんだなって。
ただそれだけなんだなって、そう思った。
グループになって群れる女子
一方、クラスの中にはもう1つ大きな派閥(?)があって。
そのグループのリーダーは予想通り「山辺春子ちゃん」だった。
春子ちゃんのほうは、元同じ幼稚園の子や学童に行ってない子が中心だった。
教室の中は大きく分けて、2つの派閥で分かれていて。
桃亜ちゃん寄りの学童グループ。
春子ちゃん寄りの放課後そのまま下校グループ。
その2つに分かれていた。
ひらりはもちろん、そのどちらにも属してはいなくて。
強いて言えば、春子ちゃん側の子と少し接点があるくらいだった。
救いと言えば。
ひらりと同じようにどちらにも属していない子が、他に2人いて。
1人は女子のグループに率先して属そうとしない子。
1人は喋るのが苦手で、誰とも喋らない子。
クラスの女子全員が何らかのグループに属している状態ではなくて、少しほっとしていた。
見え隠れする上下関係
春子ちゃんのグループは。
授業参観に行って感じたことだけど。
春子ちゃんをたてる子が多かった。
それはやはり、幼稚園のボスママをやっていた山辺さんを彷彿とさせた。
みんなの中心で、次から次へとマシンガントークを繰り広げる春子ちゃん。
それに相槌をうったり、大うけしたりしながら追従する周りの子。
春子ちゃんが好きでそうなっているのか、春子ちゃんのご機嫌をとりたくてそうなっているのかはわからない。
だけど、その様子のなかに上下関係が感じられたというか。
対等なお付き合いに見えなかったというか。
女子たちの人間関係は本当に難しくて。
どこのグループに所属するにしろ、どの子も自分の身を守りながら上手く立ち回ろうとしているように思えた。