4年生が始まったけど。
ひらりにとってそれは新しいスタートという様相ではなかった。
これまで感じてきた身の置き所の無いような疎外感。
それを新しくなったはずのクラスですでに感じながら。
これまでぼんやりとまとわりついていた悪意が、少し煮詰まって濃くなったような気がしていた。
もちろん。
無視されているわけではないから、女子との日常会話はある。
ごく短いものだけど。
休み時間や教室移動はもちろん1人。
席が近い子やそばにいる子と少ししゃべるけど、それだけ。
学校にいる間「女子のグループに属すのが最善だ」と、私は思っていない。
ひらりはひらりで、色々な子と仲良くしたらいいと思う。
むしろそうであって欲しい。
だけど相手はそうはいかないみたいだ。
女子グループにいたいから、グループの子が優先。
グループの輪を乱すようなことはしない。
そうやってグループに属する安心感と引き換えに。
色々な子と交流するという機会を拒絶しているようにみえる。
人間関係のなかに「安心」を求めるのか。
それとも人としての「成長」を求めるのか。
それぞれの人生だから、そこは自分で決めるべきだけど。
学校で本来学ぶべきは、共同生活を通してお互いを理解する事だとすれば。
「安心」を求めて群れから出ないのは、ちょっと違うんだろうなって思った。
だけど、そこまでして安心を求める心はどこからくるのか。
それはやはり。
彼女たちは知っているんだと思う。
自分の身近に。
自分の身を守らなければならないような。
そんな相手がいる事を。
本能的に感じているんだと思う。
昼休みの過ごし方
こんな調子だったので。
新しいクラスになっても、ひらりには仲の良い友人がいないままだった。
授業の合間の休み時間くらいなら、色々やることはあるし。
次の授業の準備でもしていればすぐ時間は過ぎる。
だけど昼休みはそうはいかない。
ひらりはこれまで昼休みには図書館へ行っていた。
だけど最近そこにクラスの女子がやってきてチェックが入るらしいのと、それだけじゃつまらなくなったのが原因で。
昼休みの過ごし方について、ひらりは再び考えるようになっていた。
隣の席の男子
ある日の給食が終わった昼休み。
どうやって過ごそうかと考えているひらりに、声をかける人がいた。
それは隣の席の男子だった。
その子は、同じ幼稚園出身の子で。
身長が低めでクリッとした目をした、かわいい感じの男子だった。
その子は「お前ひまなの?なら体育館いくか?」と、とっても友達的な雰囲気で誘ってくれたらしい。
おそらくは本当に、そこらにいる男子と同じ気分で誘ってくれたんだと思う。
ひらりは行き先に困っていたし、普通に「いいね!」と言って体育館へ行った。
ひらりにとっても、気心の知れた幼稚園時代からの相手なので気楽に話ができ、リラックスできる相手だった。
体育館に行くと。
体育館の2階へあがり、そこに設置してあるマットと鉄棒で遊んでいたらしい。
他の男子もやってくるので、時には数人でおしゃべりをしながら昼休みを過ごしていた。
全く予想していなかったことだけど。
新しいクラスになって初めてできたひらりの友人は、男子だった。
おそらくは、ひらりが置かれている状況もよく分かっていないままで。
ただ純粋に同じ幼稚園からの知り合いとして、ごく普通に関わってくれていた。
しがらみのない相手
さすがの三津屋さんも。
同学年の男子までは掌握していなかったようで。
ひらりはクラスの女子ではなく、男子と仲良くなっていった。
男子は普通にしゃべってくれるし、言うことも面白いし、さっぱりしてて付き合いやすいとひらりは言った。
確かにそうかもしれない。
男子はそこまで群れにこだわらないし、ひらりに対するおかしな予備知識も刷り込まれていない。
こうやってなんのしがらみもない相手なら。
普通に人として関わり、友人になれるんだなって思った。
その男子とは席も隣だったし、話しやすかったし。
毎日緊張して暗い面持ちだったひらりの表情が、少しづつ和らいでいった。
それはごく普通の、小学4年生の顔だったと思う。
大人びて、こわばって。
そんな雰囲気がひらりの表情から抜けていった。
子ども同士なら
隣の席の男子がきっかけで。
ひらりはそれからクラスの男子たちと仲良くなっていった。
どの子に話しかけても嫌がられないし、普通に接してくれるので。
ひらりは性別問わず、クラスに居る人は誰とでも友達になっていいんだね、ってそう解釈したようだ。
そうは言っても、気が合う合わないもあったし。
女子とは仲良くしないぜっていう男子もいた。
それでも全然構わなかった。
これまでの緊張状態に比べたら、とても居心地が良かったんだと思う。
それに。
昨今の教育現場では、男子にも「さん」を付けて呼ぶようにと指導がされていて。
性別問わず人として関わりましょうね、という風潮がある。
それも相まって。
ひらりは男子たちと気楽に接しながら。
今までよりは、ずっと伸び伸び学校生活を送るようになっていた。
大人の介入がない、普通に子ども同士の関りだけだったら。
きっとこういう感じなんだろうなって、そう思わせられる出来事だった。
年頃だから越えられない部分
男子と仲良くなって数カ月。
このクラスでは性別を問わない関りが重視されているようで、席替えの際男子が隣になるように組まれていた。
ひらりは席替えの度に、隣の男子もしくは席が近い男子と仲良くなった。
とは言っても、いちゃいちゃするとかそんなのじゃなくて。
お喋りをして、普通にリアクションを返してくれて。
友達付き合いができる相手が増えたっていう感じね。
相手が男子なので。
話題に共通点が少ないところがまた面白かったらしい。
特によく話題になるのが「ゲーム」の話で。
我が家には無いゲーム機なんだけど。
そのゲーム機のソフトについて、ひらりは異様に詳しくなっていた。
インターネットで通信して対戦するんだよとか、そのゲームのキャラの決め台詞とか。
どうやったら高得点を狙えるか、相手の隙をつく作戦とか。
本当にそうやって、たわいもない話題で盛り上がっているんだなと思うと微笑ましかった。
気の優しい男子がいてくれて、ありがたいなぁと心から思っていた。
ひやかされて困るから
だけど。
そんな日常も長くは続かなかった。
夏休みが明けたくらいだったか。
ひらりが少ししょんぼりして帰ってきた。
どうしたのかなと思って聞いてみたら。
これまで仲良くしていた男の子から。
「ひらりさんと仲良くしてると色々言われるようになった。恥ずかしいからあんまり声をかけないで。」って、そう言われたらしい。
詳しく聞いてみると。
女子と仲良くしているのを冷やかす男子がクラスにいるようで。
「ひらりが好きなんだろ?」とか「付き合ってるんだろ?」とか言われ始めてしまい。
それで、ひらりと仲良くするのが恥ずかしくなってしまったそうだ。
小学4年生。
微妙な年頃。
異性を全く意識していない子もいれば、意識している子もいる。
そんな頃合い。
ひらりはと言えば。
ここまで読んで頂いておわかりの通り、全く意識していない子だった。
性別にかかわらず「友人」という目でみていた。
だからこそ、ショックだったんだと思う。
ひらりだけでなく相手の男子も、お互いに。
友人だと思って接していたのに。
急に。
異性であること、友人として以外の関わり方もあることを意識させられて。
それで、ショックをうけていた。
何を言われたって友達として付き合ってるんだから。
だから気にしなくていいじゃんって、ひらりは思ったようだけど。
仲良くしてくれていた男子たちにしてみたら、恥ずかしさのほうが勝ってしまったようで。
だんだんと関わることが減り、疎遠になっていった。
こしてまた。
ひらりは4年生のはじまりの状態に戻っていった。
自分に冷たい女子達と。
向き合う日々に、また戻っていった。