4年生の夏休みが終わって少しした頃。
クラスで席替えがあった。
そこでひらりの斜め後ろの席が春子ちゃんになったらしい。
幼稚園でボスママをやっていた山辺さんの娘である、春子ちゃんは。
ひらりに冷たくするわけでもなく、席が近くなったよしみでそれなりに会話するようになった。
特に仲良しというわけではなかったが、他の女子に比べればずいぶん普通に接してくれていたようだ。
確かに、幼稚園の頃の山辺さんは。
姉御肌というか、親分肌というか。
どこか面倒見が良いところがあって、それで信頼されていた部分も多かった。
やっぱり春子ちゃんも、そういうところが似てるのかなって。
そんな気持ちでひらりと春子ちゃんの関係をみていた。
2人の様子をひらりから聞いて思ったのは。
春子ちゃんは春子ちゃんの考えで行動しているようだな、ってことだった。
三津屋家のように。
周囲の母や子どもたちを巻き込んで、操作している感じが全然しない。
山辺さんは、以前色々あった我が家について。
春子ちゃんにあれこれ言ってないんだと思った。
そういう潔いところが感じられて、山辺さんに少し好感を持ったほどだった。
いじめなのかいじりなのか
そんな矢先、ひらりから相談を受けた。
それはクラスで「バイ菌」扱いされている子がいる、というものだった。
同じ幼稚園出身の男子で、体が小さめで細くて、いつもにこにこしてる子。
ただ以前から。
鼻炎なのか分からないけど、鼻水がでやすいタイプみたいで。
それをクラスでいじられているようだった。
最初は鼻水がでてるよ、って教えてあげてる感じだったんだけど。
そこから鼻水が出てることを笑ったり、汚いと言ってみたりが始まって。
更には○○菌という呼び名が付いて、みんなで菌を付けあったり触らないようにしたりなど、そういう行為が行われていた。
笑っているから分かりにくい
ひらりはその様子を見ていて。
最初は「遊んでるのかな?」ってそう思ったそうだ。
なぜなら、そう言われている本人がにこにこと笑っているから。
何を言われていても嬉しそうににこにこ、何をされても周りの子と一緒になって笑っている。
だから、どこからどう見ても良くない事をしていると思っても。
本人がにこにこしてるからそれでいいのかなぁって。
ひらりはそこで、これはどういう事なのかわからなくなって私に相談してきたのだ。
これって「遊び」なのか?
それとも「いじめ」なのか?
ばい菌扱いされているのに、やめてとも言わないし悲しんでいる様子でもない。
それなら。
こういうのって。
自分がされてたらどうかな?
きっとすごく嫌な気持ちだし、悲しいし、悔しいよね。
なんで笑ってるんだろう?
それってきっと「笑う」しかできなかったんじゃないかな?
自分を平気で傷つける相手に、自分の本当の心を見せられる?
悲しい姿や、傷ついている心を、そんな人に見せられる?
私はそう思うけど。
実際にその現場を見たわけではない。
教室にいて、それが何なのか判断をするのはひらりだ。
だから。
ちゃんと様子をみておいで。
自分でよく見て感じてみてね、と答えた。
言うか言わないか悩む
ひらりはそれから後、しばらく様子を見ていたようだ。
最初は数人だけだったばい菌扱いが、今ではクラス全体まで広がっていた。
男子も女子もやっていた。
もちろんほとんど参加しない子もいた。
ひらりも参加していなかった。
だけど、ばい菌扱いをやっているという事実は知っていた。
だからこそ悩んでいた。
知っていて、知らないふりはできない。
このままにしておいて本当にいいのだろうか。
これは何なのか。
自分はどうするべきなのか。
自分は一緒になれない
実のところ。
その男子に。
ばい菌いじり、ばい菌扱いを始めたのは、春子ちゃんだった。
席が近かったので、ひらりはその一部始終をざっくりと把握していた。
春子ちゃんはひらりに比較的普通に接してくれていたので、できればそんな情報知りたくなかったよね。
春子ちゃんは同じ幼稚園出身のその男子を。
本当に軽い気持ちで構っていたんだと思う。
ただ純粋に、その子をからかう事が面白くて。
その子をみんなで笑う事が面白くて。
本人も笑うからそれでいいと思ってて。
それでクラス中がそこに乗っかってしまった。
面白がっている子もいれば、菌が付くのがイヤという子もいて。
ひらりは一緒にやらなかった。
これが何なのか様子をみていた。
そしてやっぱり、こんな状態を本人が楽しんでいるわけないと、そう感じたようだった。
それに何より。
春子ちゃんから、一緒にばい菌扱いをするように促されて。
そんなの絶対やりたくない!って。
ひらりがそう思ったのが一番の判断材料だった。
そうだよね。
こんなのおかしい。
知ってて黙ってるのもいや。
知ってて知らん顔もできない。
ましてや、一緒になって誰かを「ばい菌扱い」なんてしたくないんだよ。
先生に報告すると決意
ひらりはクラスでばい菌いじめが行われていることを、先生に教えると決意した。
すでにクラス中に広がってるから、自分でどうこうできる段階じゃない。
それにしても。
こういう状況になっていても、先生は気がつかないものなんだね。
子ども達はその辺よくわかってて、先生のいる前では絶対にやらないから見つからないらしい。
そういえば、先生にどうやって伝えるの?連絡帳?お手紙?と、ひらりに聞いたら。
文章にできる自信がないから直接話すと言っていた。
先生に話したいことがあるから、時間をくださいと言って時間をもらったらしい。
クラスでばい菌いじめをやっていることを知って、先生はとっても驚いていたけど。
「ひらりさん、教えてくれてありがとう。」と言われたそうだ。
その後。
ばい菌いじめについて先生からお話しがあり、教室で話し合いや会議が行われて。
その男子に対するばい菌いじめはなくなった。
やってはいけない事だったと、改めてみんなで知る機会になったようだ。
ばい菌いじめがなくなってひらりもほっとしていたし。
ばい菌いじめを終わらせるために、自分にもできることがあったと思えたことが自信につながったようだった。
誰が言ったか知られていた
だけど。
だけどそう簡単にこの話は終わらなかった。
正確に言えば。
ばい菌いじめは終わった。
だけど、ひらりに対して冷たいこのクラスの女子達。
その女子達のひらりに対する感情は何ら変わっていなかった。
だから終わったどころか、始まってしまったのだ。
今思えば。
このばい菌いじめが引き金だった。
ひらりに冷たい女子達は、昼休みに図書館にいればチェックしにくるほどひらりを監視していた。
だから、今回の事も同様に。
監視されていたのだ。
ひらりが、先生に、ばい菌いじめの事を、チクったって。
良い子ぶって、先生に言いに行ったって。
そう教えたのだ。
冷たい彼女達は、春子ちゃんにそう教えたのだ。
ひらりを孤立させたい三津屋さん側にしたら、またとないチャンスだったんだろう。
春子ちゃんたちを引き入れるチャンスだったんだろう。
ひらりに対してそれほど攻撃的ではなかった春子ちゃんが。
ある日を境にして豹変した。